「本当に申し訳ございませんでした…。」


3年前のちょうど今頃、
私は右も左も分からないまま、
顔をしかめたオジサンたちに
ひたすら頭を下げて回っていました。


謝罪の相手は、
営業部、品質部、生産管理部…といった
各部署の部長たち。


当時、私はとある事業部の
経理担当に変わったばかり。


コロナ真っ只中の世の中で、
オンライン会議のもと、
私の謝罪行脚は行われました。


私が、頭を下げている理由。


それは、2ヶ月前に異動してきて、
前任者の引き継ぎもなく、
いきなり臨んだ予算取りまとめの作業で、
「3億円」という計算ミスをしてしまったこと。


要は私のせいで、各部署が
予算の練り直しをしなければならない…
そのための謝罪行脚でした。


謝罪のために設けられた1時間は、
地獄と形容するのが相応しいものだった。


当時の私の上司は、
形だけ同席していたものの、
カメラをオフにして
ミュートして沈黙しているだけ。


私だけカメラをオンにして、
ひたすらやってしまったミスの背景、
これからお願いしなくてはならないことを
謝りながら説明する。


心の奥底では、
悔しくて悔しくて悔しくて仕方なかった。


3億という計算ミスは、
前任が残したグチャグチャの資料を
泣きそうになりながら
夜中の1時まで1人で読み解き、


迫り来る締め切りに追われながら
どうにかこうにか
今年の作業を間に合わせた末に、


いろいろ他部署から
なんかおかしいのでは?と質問が殺到する中で、
ようやく、誤りに気付いたというもの。


まるで、中学生くらいの知識の状態で
大学の入試問題を解かせているくらいの話。
どれだけ注意したところで、
正直、防げるものでもなんでもなかった。


承認したのは上司であり、
さらに上の上司も、徹夜で用意した
私の予算案に間違いなく
承認のハンコを押していた。


だけど。

大企業での出世レースというものは、
管理職に何か一つでもバツがつけば
1発退場の世界。


わざわざ進んで面倒な責任を
引き受けてくれる人なんていない。


案の定、上司たちからも、
「自分たちは実務をよく知らないし、
ま、うまいこと謝っといてよ」と
逃げられてしまった。


未熟な平社員が叩かれるくらいが、
いちばん丸く収まるものなのだ。


「3億なんて予算、
いまから削れるわけないだろ!」


「ウチの部門はこれだけ貢献してるのに
なんで予算を削られなきゃいけないんだ!」


「物価も人件費も上がってるのに、
これ以上削れっていう指示は
ウチの部門を潰せってことですかね?」


各部長が怒りに紛糾する会議に、
私はひたすら、
「申し訳ございません。」
と心を無にして謝り続けました。


・・・。


こんなちょっとした理不尽くらいで
「パワハラ」受けました…なんて言えば、
こっちが面倒なヤツのブラックリスト入り。


会社で上に上がりたいということは、
こういう理不尽と闘い、
ひたすら耐えることである。


でも、年々、
こういう経験は増えていきました。


頼まれて大急ぎで作った資料も、
「あ、それもう要らんよ。次は…」
みたいな感じで役員の一言だけで
1週間が水の泡になったり。


半年前から決まっていて
語学も含めて準備していた北米出張が、
関係部門の部長同士の言い争いで
お互いヘソを曲げてしまい、
無かったことになってしまったり。


月75時間残業で、ただでさえギリギリなのに
特に評価もしてもらえない
担当外の仕事を、キミExcel得意でしょ?
と押し付けられたり。


一緒に打ち合わせたこちらの上司の
態度が悪すぎて、
明らかに気分を害してしまった
関係各所にウラでフォローを入れて回ったり。


突然の無茶振りに答え、
毎日夜中0時まで残業するような日々を
超えた先に待っていた評価が、


パニック障害で復職して
通常運転に戻しながら軽く仕事した年と
たいして変わらず、


ただ1年問題なく働けたね、という
「1ランクアップ」でしかなかったり。


関係部署のエライ人から、
飲み会の席でバレないように
身体を触られたことすら、ありました。
証拠なんて突き出せずに、泣き寝入りです。


工場勤務時代なんて、
別の課の課長に身体を担ぎ上げられ、
「あと3キロ痩せたらカワイイのにな!」
なんて揶揄われたこともあります。


大騒ぎしたら工場でウワサになるので、
悔しいけど太ってる自分が悪いと言い聞かせ
泣き寝入りするしかなかった。


思い返せば出てくる出てくる。


こういう数々の理不尽が襲いかかるたび、
私は苦虫を噛み潰しながらも、


会社員はこんなもんだと
自分を言い聞かせて
なんとか会社員を生きてきたのでした。


騒いだら即、ブラックリスト入り。
出世したけりゃ会社にとことん
都合のいい人間になれ。


子どもが生まれてもなお、
豊かになりたければ、こういう理不尽を
努力して乗り越えていくべきだ。
当たり前にこう思っていたのです。


私の場合、これまで
受験・就活・会社での出世競争…みたいに
人生のコマを進めていく中で、


こうやって、
目の前に現れ続けるハシゴを
ひたすら登るために努力することしか
頭になかったんですよね。


もちろん、チンタラ登ってたら
やばい!って危機感はあったので、


1分1秒でも早く登るために
何かできることはないのか!?と
躍起になっていました。


だから、
歯を食いしばって理不尽に耐えた先に…

会社に人生丸ごと売って、
ハシゴを登ってしまった先に

いったい何が待ってるとか
ぶっちゃけ想像すらできてなかったんです。


そんな中で、私がネットビジネスに
大きく舵を切ることになったキッカケが、
今の部署の上司から、


「家族を犠牲にできなければ、
仕事では出世できないよ。
仕事を最優先に生きる人が
評価されるに決まっているからね」

と、残酷な真実を
突きつけられたからなのですが、


今となれば、本当に
この残酷な事実を突きつけてくれた
上司には感謝しているのです。


慣れてきたら飲み会なりゴルフなり、
先輩の女性社員のように
もっと顔を出すべきだと言っていたので、

上司としては、
私にハッパをかけたつもりだったのでしょう。


だけど、私の人生の希望から
大きく外れすぎた姿は、
私の目を覚ましました。


「がんばる場所を、
決して間違えてはいけない」
と。


このままでは、
私の大切な人生の「すべて」を
まったく尊敬できないオジサン達の
ヨイショやご機嫌取りに消費されてしまう。


ハシゴに行き詰まって初めて、
1分1秒を争いながら
一生懸命登っていたこのハシゴは、


私の人生にとっては
不正解ルートであったと気付けたんです。


とはいえ。
私にとっては、
人生をかけて登ってきたハシゴです。


思えば、中3でいじめられて、
学校の勉強に◯ぬほど力を注いだ
15歳のあの日から、
15年間、ずっとこのハシゴでした。


書いてて気づきましたが、
ちょうど、私の人生の半分です。

私の人生そのものだった、とも
言えるかもしれません。


そんな状況で、
仕事で認められないから、
いまさら出世を諦める。


せっかく手にしてきた、
「高学歴エリートサラリーマン」という
キャリアを自ら手放し、


ネットビジネスみたいな、
正直学歴とかもまったく関係なく
誰でもできるものに挑戦することは
葛藤はめちゃくちゃありました。


私がこれまで頑張ってきた全てを
まるで、否定してしまうようで。


なんのために、
これまで青春とか
全部犠牲にしてきたんだよ。


なんのために、
会社にとって都合の良い存在になり、
これまでパワハラにもセクハラにも
平気な顔して耐えてたんだよ。


なんのために、
パニック障害で精神やられて
3年間も闘病生活させられたんだよ。


・・・。


だけど、勇気を出して「損切り」したら
まったく違う世界が待っていました。
まるで夜明けのようです。


努力したら、正しく評価されて
(感謝されて)


実力があがれば、お金が増えて、


文章を書くという、
わずかな産みの苦しみを乗り越えた先に
さらに自分が生み出せる
お金が、雪だるま式に増えていく。


私が見ていた、
かつての理不尽な会社の世界なんて、
ごくちっぽけな世界だったんだと
改めて気付きます。


今回伝えたいメッセージは、

あなたが今、一生懸命登っているハシゴは、
いったいどこに向かっていますか?

あなたが欲しい未来に
きちんと向かっていますか?


ということです。


ホントは、薄々違うなって
心の奥底で思ってたりもするけど、
これまでの行動を否定するのが辛くて
つい、目を背けてしまいがちです。


でも、ここでハシゴを掛け直すだけで、
数年、いや、数十年単位での
損失が防げますから、


いったん立ち止まって、
迷いは捨てて。
本当に自分が望む未来にむけて
作戦を立て直してみて欲しいです。



はるティ



PS.

『転生の翼』の手紙はこちらから。

https://harubzsunny.com/winglp_5daysforall/